白人警官と黒人警官の二人組

大学三年生のころ、アメリカ旅行に出かけたことがあった。2011年だったと思う。ニューヨーク・シティから長距離バスに乗ってロチェスターの街に降りて、さらに小型バスで一時間ほど行ったキャナンダイガという田舎町が目的地だった。

 

けれども初めてのアメリカだったこともあって、ロチェスターで降りてから、案内に書いてあるcommunity busなるものにどこで乗ればいいのか分からなかった。かなり暑かったように記憶している。医学部の系統講義が一段落した、夏休みの8月。歩き回ってもバス停は全然みつからなかった。

 

2時間とか、それくらい探し回って、結局わからず、途方に暮れたころに警官二人組が立ち話をしているのを見つけた。両方とも190㎝100㎏は超えていそうな、白人警官と黒人警官。仲が良さそうだった。あまり物騒な街でもなさそうだったから、暇だったのかもしれない。談笑している。一人で探し回っていても埒が明かないので、勇気を出してこの二人組に尋ねてみることにしたのだった。

 

どうやら、community busというのは乗り合いタクシーのようなもので、バス停があるわけではなく、ショッピングモールの駐車場あたりを巡回しているらしかった。二人とも、特に黒人警官の方はえらく親切にあれこれと教えてくれたので(やはり暇だったのだろう、いま思い返しても)去り際に、「ご丁寧にどうもありがとう」というようなことを私が言った。そのときに白人警官が相棒の肩を叩きながら"he’s a man."と笑顔を返したのだった。

 

日本語に移すとすれば「こいつぁいい奴なんだよ」というところだろうか。そんなに深く考えて言ったわけではなかったと思う。旅行者に礼を言われて、ただ反射的に口をついただけだっただろう。けれども私はその一言を聞いて、「すごい国だ」とまったく感動してしまったのだった。

 

…古いブルースに、”I’m a man”という曲がある。けれどもこれは「俺はいい奴だ」ではない。「俺だって一人前の人間なんだ」の意味である。かつて黒人は年齢にかかわらずアメリカではboyと呼ばれていた。ファミリー・ネームを呼ばれることすらなかった。自分たちはBoyではない、manなんだという執念の込められたブルースがかつてあった。大昔のことではない。五〇年代の中頃、私の親が生まれる少し前のことだ。

 

そう、そういうことがあって、白人が黒人の同僚に、何の気兼ねもなく"he’s a man."と言ったとき、私は美しいものを感じたのだった。歴史にあった一つの壁が、たしかに打ち崩されて、そして乗り越えられたんだなという印象を持ったから。オバマが大統領だったときのアメリカである。

 

けれども大学生だった私がもった印象は間違いだったのかもしれない。ニュースをつければ、路上に這いつくばった黒人の首に白人警官が膝をのせて、殺した。それに抗議するデモ隊に発砲が繰り返されている。白人からなる「自警団」がやはりデモ隊に発砲する。それで死人が出ても、警察は逮捕しようとしなかった。

 

あのとき優しかった警官の二人組は、いまどうしているんだろうかと考えてしまう。

人の集まる場で、

自分の所属を言ったり、

あるいは何かの文章を発表するときも、

 

職場の名前のせいで

説得力がずっと強くなっている。

そのことに得意になっている自分もいる。

 

職場の権威が、

何か立派な行為に基づいてのものならともかく、

少なくとも現在のそれは

緊急措置入院だとか

超大規模精神病院だとか

そういう(時代遅れに)マッチョな部分に起因している。

 

このままここで長く過ごすのは良くないなぁ

というのが正直なところである。

ひとまずその直感に基いて行動してみることにしたのです。

 

プレコックス感」や「疎通性の障害」、を人に伝えるなら

 

電車の中で携帯電話を触っている人の表情、といえばごく近いかもしれない。

 

目前にいる自分にその顔を向けるひと。

精神運動興奮に至った人を、

社会から隔離するのを、本人のためだというのは詭弁だろう。

 

(幻覚妄想状態、という用語も慎重に使うべきだろう。

それが指している状態において「幻覚」「妄想」が証明される場合の方が少ない。

脳波検査ができない、

という本来の意味での「精神運動興奮」がもっとも誠実な語法のように思う。)

 

精神病性の錯乱は、

たとえジプレキサがなくても1週間程度のうちに収まるし、

 

それくらいの期間で

人生の方向をガラリと変える人間は一定数いるものである。

現れ方が違うだけで。

(突然の移住とか、色恋沙汰とか、色々。)

 

治安保持というのもどうだろう。

統合失調症者の犯罪率が一般人口のそれより低いことは

世界中の研究で一致していることだし。

 

「意味のわからないことを大声で叫んでいる」

「家の中で暴れていて手がつけられない」

その程度のことで

警察力の治安保持が作動するのか。

酩酊、前酩酊者がフラフラしている夜の街はどうなんだ。

 

 

精神科医も、行政が言っているだけの「急性期」に首を突っ込んでないで、

「慢性期」と呼ばれているところの、

実のところ重症者たちに目を向けるべきだ。

 

医者がいないと退院できない制度なのに、

そこに医者がいないというのはどういうことなんだ。

 

それよりも

何年間もベッドに縛り付けられている人たちをこそ助けるために

精神科医がいるんじゃないのか。

 

気仙沼日記22日目

 

一人で生活を続けるのが大変になったとき、

まとまった形の支援を得ようとすると、

やはり行政に手伝ってもらう必要がある。

 

そのためには、

書類をたくさん準備して、埋めて、提出することが必須である。

 

さて、

いわゆる認知症という状態の中に、

「Alzheimer型認知症」というのと、

「Parkinson病に伴う認知症」、というのがある。

 

Alzheimer型認知症は、

まず初めに、物事を順序だてて整理したりが苦手になる。

その代わり、今日はいい天気ですね、とか、すれ違う人に会釈する、とかは

相当に物忘れが進んでも、変わらなかったりする。

 

一方で、

Parkinson病に伴う認知症、だと

身の回りのことは自分でできるけど

対人的な交流とか、感情の微調整が苦手になる方が多い。

 

 

身寄りのない高齢者は、

山村にいると、

持ち家率の高さ&地域社会の濃厚さを背景に、

手続き能力よりも

第一に人付き合いである。それができれば食うのには困らない。

いってみれば、Alzheimerに優しい社会、である。

 

 

一方で都会であれば、

多少人付き合いが悪くなっても、

生活保護の申請をして、包括支援センターに行ければ、

意外と何とかなるものである。

Parkinsonに優しい、といえる。

 

 

 

気仙沼をみていると、

高齢化率が50%に迫り、

いくらコミュニティの地力があるとはいえ、

相互扶助だけでは立ち行かなくなっている。

今は医療者・ケアマネジャー・施設運営者が協働して、

生活支援の方法が再構築されつつある。

 

参画する人間が増えると、

筆記作業も並行して増えるものである。

 

この山奥で、恐らくはこの国で最後の

Alzheimer→Parkinsonという構造変化が起きている。

 

一時帰京日記 3日目

良いものを目指すために、

「統律」を掲げると、

それ自体は、新しいやり方を試行することだけれど、

その時に一つでもブンショが生まれると、

空気中の僅かなソウゴフシンとギシンアンキを栄養に、

ブンショは自己増殖を開始し、

規則を乗り越え、

それを生んだ目的さえ乗り越え、

その頃にはブンショを捨てる為にはさらに新しいブンショが必要になる。

 

 

ここに至ると、

人類には二つの選択肢がある。

 

1.

ブンショに少量の栄養を与え、

ブンショから与えた以上の熱量を得る方式に転換する。

これをカクバクダン方式という。

 

2.

ブンショの存在をダトウする。

これには初め、ブンショに変わるネッキョウを必要とする。

ブンショがダトウされた場合、

ネッキョウはその行き場を失い、

振り出しに戻る。

(ダトウされなかった場合は選択肢1に戻る)