読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Silence like a cancer grows                  スーザン・ソンタグ 「隠喩としての病」

 

風邪、ペスト、痛風といった病気の名前には、
それぞれが引き起こす特定のイメージがある。

つまり、病気とはメタファーでありうる。

 


Paul Simon - The Sound of Silence


スーザン・ソンタグは、
結核と癌が持つイメージについてこの論文で述べている。

19世紀的な世界観のなかで結核という病気は何を表したか。
結核は当時、欲求不満ゆえの惨事とされていた。
病気の治療として、医師が患者に恋愛を勧める描写は多い。
また同時に、結核は都会的なものへのアンチテーゼとしても機能していた。
空気の澄んだ山の中で療養すればよくなるはずだ、と。

「俗物紳士や成金連中にとっては、結核こそ上品で、繊細で、感受性の細やかなことの指標となったのである。」

 

結核に罹患すると、一般に人は痩せていき、青白くなる。
都会暮らし、飽食と肥満、それらが当たり前になりつつある時代において、
それと真逆の外見を生じさせるこの病気が、ある種のファッションとなった。

ソンタグはこんな風に書いている。

「20世紀の女性ファッションとは(スマートさの崇拝もその一つ)、
18世紀から19世紀初頭にかけての結核のロマン化と縁の深いメタファーの最後の砦にほかならない。」


さらに強烈だったのは、当時の上流階級の女性の日記にあった一文。

「小止みなく咳が出ます!
― でも不思議なことに、おかげで醜くなるどころか、私にぴったりの物憂い雰囲気が生まれるのです。」

 


一方これに対して癌という言葉が持ったイメージはどうだろうか。
癌は恐ろしく、忌むべきもの、捉えがたく不吉なものという印象を持っていた。
心臓病を隠す患者はいないが、癌患者はしばしば自らの病気を周囲に告げない。
アメリカでも、最近まで癌で死んだ場合の死亡記事には「長い病気ののち死去」とぼかすのが通例であった。
さらに、
「連邦法のひとつ、1966年の情報の自由に関する法令は、“癌の取り扱い”にふれ、
“正当な理由なく個人プライバシーを侵害する”おそれがあるとして、それを公開する必要なしとしている。そこに挙げられているのは癌のみである。」
とまで記されている。


現代とは程度の違いはあるが、それでも変わっていない部分もまだ大きいように思う。

しかしこの本は飛び抜けて異色だ。
息子の前で「結核」という言葉を避ける母親や、「癌」の告知が患者の気力を削ぐと危惧する医者を、

「今日の医学や精神医学で幅を利かせている反知性的な敬虔論やそこの浅い思いやり」と切って捨てる。

おぉ、そう来たか、という感じがある。

 

 

隠喩としての病い