怒鳴るタイプの指導者は、神が創った訳じゃない 「種の起源」

 

生物学の端っこに立つ身として、
一度は読まないといけないだろうとある種の義務感を感じていたが、
上下巻の由緒正しい岩波訳にこれまで尻込みしていた。
そしてこの前、光文社の新訳シリーズで見つけたのでジャケ買いした。
パウル・クレー風の鳩の絵)

 

遺伝子が知られていなかった時代、大陸移動説さえ生まれていなかった時代に、
彼自身の「観察と思惟」だけで、以後100年以上、現代まで続く生物学のほぼ全領域の基礎を打ち立てたダーウィン

 

「遺伝を司る法則については全く分かっていない。
同種の別個体、あるいは別種の個体間に見られる全く同じ特徴が遺伝したりしなかったりする理由は誰にも分かっていない。
生まれた子の特徴が、親ではなく祖父母やさらに遠い先祖に似る、いわゆる祖先返りがしばしば生じる理由も分かっていない。
片方の性にみられた特徴が両方の性に伝わったり、片方の性だけに伝わったり、それも大抵は同じ性に伝わったりする理由も分かっていない。」
(中略)
しかしその場合でも、そうやって生じる新しい形質がどこまで保存されるかは、
自然淘汰によって決定されることになる。」

 

いい言葉だ。

 

 

最近になってドーキンスを中心とした議論でSelfish gene論(自分の遺伝子を後世に伝えることが生物行動を説明するという考え)が中心となるまでは、
個体に対して自然選択が働く(自分の直接の子供を増やすことが生物行動を説明するという考え)とされていたと今まで(自分は)認識していたが、
本著のこの段落を読むとSelfish gene論の萌芽が既に示されていたのかなと思えた。


「ミツバチの針は、もともとの遠い祖先では、同じ膜翅目という大グループの多くのメンバーの針と同じく、産卵場所に孔をあけるための細いのこぎりだった。それが現在の用途に不完全に転用されたのであろう。
ハチの毒も、もともとは虫こぶ[虫の産卵によって植物体にできるこぶ状の構造]をつくるためのものだったのに、後から毒性が強化されたのだと考えれば、針の使用がハチ自身の死を招く理由も理解できるだろう。


針で刺す能力が集団全体にとって有益だとすれば、もしそれによって一部のメンバーが死ぬことになろうとも、自然淘汰が作用するための要求を全て満たすことになるからだ。」

 

 


途中に転がっていたヒドラの小話もグッとくるものがあった。

筒状の生物であるヒドラの内側(消化管)と外側(皮膚)をひっくり返すと、


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 皮膚だった部分で消化し、消化管だった部分が皮膚として機能するらしい。

面白い実験だと思い調べてみると

遺伝学電子博物館に「裏返しヒドラの話」という項目まであった。

 

楽しい読書だった。

 

 

   種の起源〈上〉

 

 種の起源〈下〉