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飽きないニスの職人たち 石井宏「誰がバイオリンを殺したか?」

 


Isaac Stern playing Chaconne in D minor

誰がバイオリンを殺したか?

「部屋で弾くには音が大きすぎる」と言われていたバイオリンは、
19世紀に始まる音楽のビジネス化・大音量化の中でどう変化したか。

歴史の転回する瞬間を、
演奏家として、作曲家としてパガニーニはどう迎えたか。
どうして彼は悪魔と呼ばれ、死後は埋葬すら許可されなかったのか。





音楽に対する経済的な要請が、
全て美学上の汚点になるとは思っていないけれど、
演奏家と聴く人の間にマイクがあるのには、美しくない姿勢を感じる。

楽器ごとに美しく響く楽譜が違うように、
楽器ごとに美しく響く空間ってのがあるんじゃないかと思う。
それを求めることに妥協しちゃうのはカッコよくない。



ロックを騒々しいだけの商業的な音楽と捉えている節があったのは少し残念。
50年代の最初期から一貫して、ロックはそれを取り込んでいて、例えばルー・リードもディランも、今でいうメディア・アートとしての側面に自覚的だったけれど、

今のクラシック音楽の、
チョット部屋ニハオキタクナイデスネー系のダサいCDジャケットと
感動の欠如したドッコイショ系ライナーノーツの組み合わせの方がむしろ、
雑味としての商売味が透ける。


ところでゲーテファウストにも、
楽器の腕前と引き換えに、悪魔に魂を売った男が登場するらしい。
それを知ってしまうと、ロバート・ジョンソンのファルセットも、
どこかひび割れた古いバイオリンに聞こえる。

 

 


Me And The Devil Blues  

 

 
 
 

誰がヴァイオリンを殺したか