褐色の大地を、銃を担いで オーウェル「カタロニア賛歌」

 

スペイン内戦。

「みすぼらしい制服をまとった民兵の群れが、
体を温めようと街を歩き回っていた。
廃墟と化した壁の上のポスターがぼくの目に留まった。
昨年の日付のポスターで、しかじかの日に『六頭のハンサムな牡牛』が円形競技場で殺されることを予告するものだった。その褪せた色がなんと侘しく見えたことか。
ハンサムな牡牛とハンサムな闘牛士はどこにいるのだろうか。
バルセロナでさえ、 今ではほとんど闘牛士がいないようだ。なぜか最高のマタドールたちはみんなファシストだった。」



外から来たものへの受容的な態度や、
憧憬を含んだ混濁した宗教と煮え切らない信仰心、
そういうものに、日本みたいな、文化的な末端地の心情を感じた。
そういう土地こそ、本当の意味で異人文学と呼べるものが生まれるようにも思う。

土地の人々がそもそも根付いたモノを持たない場所に、
よその人間が訪ねてきたときの多重の異物感。


オーウェルは民兵組織に従軍している間、
右肩に銃撃を受けてアラゴン戦線の野戦病院に収患された。

「ある朝、僕の病棟の連中を今日バルセロナに送る、という発表があった。
ぼくはどうにか妻に電報を打って、帰りを知らせることができた。
やがてバスに詰め込まれて駅に向かった。
 
列車が動き出してはじめて、ぼくらに同行した看護兵が、結局、僕らはバルセロナではなくタラゴーナへ行くことになった、と何気なく言った。機関車の運転手が考えを変えたのだと思う。
『まったくスペインらしい!』とぼくは思った。だがもう一本ぼくが電報を打つあいだ汽車を止めることに彼らが同意したのも、まさにスペイン的だった。

そしてその電報が届かなかったのは、もっとスペイン的だった。」


後年、オーウェルが補論に加えた
フランコの反乱に対するアナキスト、民兵組織、都市住民それぞれの反応の変化は
考えることが多かった。


スペイン行ってパエリア食べたい。
 

おわり