歴史の人種性 レヴィ=ストロース「人種と歴史」

 

ペルー先住民族に魂はあるかを調査するために
宣教師団は三人の青年住民をスペインに連れ帰った。
青年たちはその後スペイン語を覚えなかったために魂は無いと結論された。
一方で先住民たちは白人が神であるかを調べるために
白人の死体を池に沈めた。
その死体は腐敗したので彼らは神ではないと結論された。


3年後に書かれる「悲しき熱帯」にも引かれていた話なので
レヴィ=ストロースも好きな話だったんだろうかと思う。

 


しかしこの挿話を除くと、「文明」の思考と「野蛮」の思考がいかに
近似しているかが、人種主義への批判として、表されていた。

自分の様式から外れたものについて

barbareとかsauvageと、つまり人間ではなく動物の範疇にあると形容する
(歴史上一貫してみられる)姿勢が、
皮肉にも或いは心理学的基盤のために、
部族社会の住民がしばしば他部族を、
自分たちとの関係を(自然的なつながりまで含めて)否定する呼称を
充てる姿勢と同じだとしている。

「一番《野蛮》で《未開》にみえるものに人間性を拒否しておいて
彼らの典型的な態度の一つを、他ならずかれらから借りているのである。
未開人とは、何よりも未開人だと信じられた人間のことなのである。」


何をしていても人種論に関しては、
繰り返しよく現れる循環論法だ。

 

 

おわり