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企て2 チョムスキー「生成文法の企て」

 

序説を除いて本の半分くらいを占めていた言語学の理論や展望については
結局読み飛ばしてしまった。

彼が自分の学説に対する当時の学会について
「複雑な現象に対して非常に深い原理的説明が与えられるという可能性を、多くの人達は信じていないし、また信じたいとも思っていない。」
「抽象的な理論や原理づけられた説明が存在し、
単なる現象の記述とは異なるような諸原理から導き出される演繹的議論が可能であるなどという考え方には、強い反発がある。」
と述べたのは、時々見かける様子で、

例えば病気とは何かを考えるときに
分子生物学的な基盤とか疫学的な記述を示されても
(当人がそれを吸収しきれないこととは別に)
「なんかそーいうことじゃない」っていう気分は、多くあると思う。
分野や状況が変われば自分もそういう感情を持つだろう。

…一方で「ステキな人を見かけて胸がドキドキするのは脳でアドレナリンがでるからなんだ☆」っていう説明はこれと対極にあるように見えるけどこちらに対してはソージャナイ感は少ないように思える。
すこし話が違う気もするが。



あと自然数の概念が生得的であることを挙げて
それと言語能力の発生を関連付けて述べてる部分があって、

「ある数に1を足していくことが無限にできるということを
(数を習えば)子供は自然に理解する。」
「なぜ子供は整数が有限個しか存在しないと思わないのでしょうか。」

って書いてるんだけど、

多くの人はテクニック的に無限加算できることを知ってるだけなんじゃないかな。
無限回、足し算ができると思いますかって聞いたら“本能的に”否と答える人っていると思うんだけどなぁ。

「一番大きい数をNASAが発見したんだけど大きすぎてここには載せられないんだ」

って小学校の教科書にあったら割とスムーズに定着する気がしてならない。

 

 

おわり