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23歳の彼は  カポーティ「遠い声 遠い部屋」

 
 
書かれたものに時間を割くのは、
何か出来事をその著者がどう捉えるのかと、
どういう経緯がその思想を形成したと本人が感じているのか
の二つに僕が興味あるからで、
その点で自伝というのは、とても考えることが多い。
その分読むのにいつも時間がかかる。

 
「まず、僕が恋をしていたということから話しはじめようか。というと、たしかにありふれた言い方だが、 しかしありふれた事実とは違うんだよ。なぜなら、愛情が思いやりだということを知っている者は、ほとんどいないからね。

それにまた思いやりというものは、多くの連中が考えているように憐みではないんだ。それだけじゃない、愛のよろこびはあらゆる感動を、ただひたすらほかの人間に集中することではないのだが、それを知っているのはなおさらわずかだ
 
―われわれはたくさんの物を愛さなければならないからね、最愛の人なんていうのは、そのたくさんの物の象徴にすぎないのさ。」
 

叔父から言われたこの言葉が、幼少時の自分を規定した部分であると
23歳のカポーティが考えていたというのは、正直に言って意外だった。
 
  カポーティウォーホールと表面的に似ていて、 根が逆向きに生えた一組のような印象を持っていた。けれどもこの「叔父の言葉」は、表現されたものとしてはポップなものだと思う。

「冷血」を書いたことで彼のウォーホール的な部分が崩れて、
それ以降はこの小説にあるような感じ方が復活したんじゃないかな。

学校に入る前の、
自分が何を考えて何をしたか覚えているけど、なぜそれがそこにあったのか、
どうして自分はそこにいたのか分からない、途絶してる、そういう感覚を表した文章だった。





…ところでJohn Brownが、まったく思いがけない形で、帰還した志願兵でもなく、悪辣な保安官でもなく、年老いた黒人の年老いた馬として登場する。
 

おわり