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多分これからも長く続くもの  吉田秀和訳「音楽の歴史」

 

 

 


Gregorian Chant - "Dies Irae" - YouTube
Debussy: La Mer (Valery Gergiev, London ...

 

グレゴリオ聖歌から始まってドビュッシーに終わる西洋音楽の歴史。


作曲家の列伝っていうよりは全体的な流れがどうだったか、という本。
吉田秀和はやっぱり文章がすごい自然。なんというか、品がある感じ。
北杜夫が運よくひねくれずに育った、みたいな。


オペラのことが繰り返し言及されていて、
劇音楽というのが西洋音楽の発展に重要だったことが強調されていた。
(そうなんだろうなと思うが、オペラを観に行こうという気には今まで
なったことがない。どうでもいいや、って思う。理由はわからないけど猥雑なイメージがある。)


モーツァルトの項にとても共感した記述があった。

モーツァルトは彼の時代の人々と同じく、『楽しませる』ことしか考えなかったのに反し、 ベートーヴェンは苦悩の表現にしか天才を発揮できない音楽家たちの王国に向かって 門戸を開くことになった。ここに、今日もなおつづいている奇妙な混同の起源がある。 すなわち、類推によって、われわれは難産で苦悩の響きが貫いてくるような作品にしか、 天才の現存を認めないような傾向を持っている。」


ベートーヴェンが起源かどうかは知らないけど、
 楽譜に書かれなかったような作品(といって僕が思い浮かべたのはrocky raccoonだけど)、 が何となく格下みたいに評価されるのはなんか違うと思う。

(音楽雑誌で作品がどう書かれるかは別にどうでもいいんだけど それって結局は、本人がどれだけ努力したかが一番大事なんだみたいなところにつながってるみたいで嫌だ。少なくとも音楽の領域でそういう範囲のことは考えたくない。)



もう一つ、バッハの音楽について


バッハの音楽が中立的というか無機的に感じるのは、
 民族的な極感が強い要素が導入される以前の音楽だからなんだというのは
ほほほう、と思った。

民俗音楽は最初から旋律の根っこにあるように考えていたけど、
ローマ‐ドイツの流れの音楽だと必ずしもそういうことじゃなくて、
民衆的な要素が取り込まれたのは、ある特定の一時期以降の現象なんだ、という。
バッハの音楽が連続性のなかで発展したものの最後だったという解説は印象に残った。
とても面白かった。


僕がショパンだったしてもショパンは書けないけど
僕がバッハだったらバッハは書けたと思うよ
と若き日に某音楽教師に向かって吐いた記憶があるが
そういう意味では一万歩くらい譲れば間違ってなかったんじゃないかな。
さんざん当時は否定されたけど。

まぁいいや。
 
 
 


 

 

おわり