special pleading な議論 ― 加藤陽子 それでも日本人は「戦争」を選んだ

「進化しすぎた脳」という本が、10年ほど前に流行した。 高校生を相手に、大学教授が最新の研究成果を授業するというスタイル。 この本もそういう作りだった。 ただ脳科学風釈迦説法が相対主義にしばしば陥るのに対して、 この本は極めてリアリスティック…

男女の間に友情は成立するか

フェルマーの最終定理で有名な 谷山志村予想氏(の長生きしてる方)が書いたエッセイ。 まとめると、 掛け算の順序についての議論は非常に有意義だから死ぬまでやってろ、 ということでした。 数学をいかに教えるか (ちくま学芸文庫)

ドレッシングくらい自ら作り給え  伊丹十三「女たちよ」

読む限り、ただの料理好きグルメおじさんだ。 カセットテープに自分の成長記録を吹き込んで大江健三郎に送りつけてから 飛び降り自殺するような変わった行動パターンの人には思えなかった。 人間は難しい。 女たちよ!(新潮文庫)

谷崎と萌えることの美学 谷崎純一郎「春琴抄」

萌える、というような感じ方を最初に書いたのは谷崎だと思う。 つまり光源氏のような、 顔も声も綺麗で、趣味も良くて、所作にいつも品があって、というような満点人間への賞賛ではなく、 姿形が美しくて、それに加えて人とちょっとだけ違ったところがある、…

犬派の暗躍(その2)  - NATROM著 「ニセ医学」に騙されないために

医科学が高度に発達した結果、高齢を迎える方が増え、 医療倫理が発展した結果、医療の言葉は「正直」になり、 その結果、医者もどきが跋扈する状況を生まれたというのは、 ほとんど寓話的な皮肉だ。 ある病院で根拠に基づいた医療を徹底することが、 その地…

猫派の暗躍  アルベール・メンミ「人種差別」

自己紹介もしないうちに、「ベッド派?布団派?」と聞いてくる人たちになぜかよく遭遇する。 「いやぁ、どっちもですかね…」などと僕が答えると「どっち?どっちで寝ることが多いの?週に何回くらいベッド?あと寝るときはどっち向く?仰向け?いつから?ね…

野外音楽について ドビュッシー/音楽論集

「<野外>のために特別に作られる音楽 ― すべてが雄大な線で描かれ、光と自由に包まれた樹々の梢の上をたわむれ舞う声と楽器の大胆な飛翔による、野外音楽の可能性も出てくる。 黴くさい演奏会場に閉じ込められたら異常に聞こえるような和声の連続が、野外…

驚異の100日

iPS細胞で作ったコンドームは拒絶反応が少ないらしい という事を思いついた人が仮にいたとしても、 それを言わないで心に秘めておけるうちが華だと思う。 谷崎は、この作品で夫婦のセックスレスを扱ったけれど、 非常に美しい華を咲かせている(と思う)。 …

彼はやっぱり清楚だったのか 三島由紀夫「音楽」

三島由紀夫の描く主人公というと、良家の子女だとか合宿中の剣道部員だとか 暑苦しいだけであまり生産的でない人間ばかりだが、 この本に限っては精神科医という、比較的に涼しげな人種が主人公であった。 (まぁ生産性については良い勝負だと思う。) 幼児…

「向こうもちょっと寄ってみただけかもしれない」       笠原嘉「精神科における予診・初診・初期治療」

“精神科医というと、 「心因性」を第一に考慮することの専門家であるかのような誤解が 外部の人によってしばしばもたれるが、そうではない。 たしかに精神科医は「精神現象の病的側面へのアプローチ」を専門とするものだけれども、 そのことは「精神異常現象…

赤信号人間について アーレント「イェルサレムのアイヒマン」

ナチス下ドイツでユダヤ人の“収容所への移送”を担当していたアードルフ・アイヒマンの裁判の記録。文中で特に興味を惹くのは裁かれたその人間本人であって、 彼の人格について、(それがこの著作の主題ではないにせよ)多くの行が割かれている。 アイヒマン…

小学校の課題図書を読み返してみた             ラディゲ「肉体の悪魔」

もうすぐ結婚してしまう女性に恋した12歳の少年が、 弁舌巧みに自分好みの寝室家具をその夫婦に買わせることで、 そしてその家具に囲まれた初夜を二人に過ごさせることで、 ささやかな復讐を遂げる話。 春風のような異常性癖感が気持ちいい青春小説だった…

太るためには逆に2食が良い、みたいな           徐京植「ディアスポラ紀行」

近代以前は宗教が人の死生観を形成していた。 しかし宗教的認識が崩れた後に登場した科学や自由主義といった近代思想は 人が持つ 死への恐怖/不死への憧憬 に対処することができず、その変わりにナショナリズム、「国民」という個人の生死を超えて続くもの…

安部公房とチーズケーキ  「無関係な死」

小林秀雄の冗談を真に受けて、安部公房はチーズケーキのことをアメリカの高野豆腐だと信じていたらしいけど、 彼の短編なんかを読んでいると確かに、そういう種類の人間が書く文章だよなという気がしてくる。 無関係な死・時の崖 (新潮文庫)

怒鳴るタイプの指導者は、神が創った訳じゃない 「種の起源」

生物学の端っこに立つ身として、一度は読まないといけないだろうとある種の義務感を感じていたが、上下巻の由緒正しい岩波訳にこれまで尻込みしていた。そしてこの前、光文社の新訳シリーズで見つけたのでジャケ買いした。(パウル・クレー風の鳩の絵) 遺伝…

えらい売れたらしいけど 「帰ってきたヒトラー」

両サイドに均等に悪口を言えば何言ってもいいんじゃないという種類の本だった。 あるいは「冗談なんだからマジメに反論するナヨ」という姿勢。 いろいろと出尽くしてるかなという印象。 もうすぐ映画にもなるっぽい。 表紙に関してはグッドデザインだと思う。…

彼は色恋よりも酒を好んだ                 アブー・ヌワース「アラブ飲酒詩選」

アラブ飲酒詩選、まずタイトルが良い。すごく良い。 アラブ淫種子線という誤変換すら、なんだか許せる感じだ。 1ページ目から朝酒の詩だ。「酒を飲みすぎて心苦しい、だから陽気になるまでもっと飲もう。」というポジティブな姿勢で朝を迎えている。 「牧畜…

同情しなくもない 郭 沫若 「歴史小品」

「妻、君のいい匂いのせいで僕は思索に集中できない」と孟子が泣く話、良かった。 歴史小品 (岩波文庫 赤 26-2)

誰も猪瀬さんを超えてない  ラッセル「ロシア共産主義」

旧ソ連の楽園描写を読むのは楽しい。ドラえもん映画の最初の30分のようだ。 多くの(親露的な)西側知識人と同様、ラッセルも1920年にソ連を訪問した。革命から3年後、人類史上初めての社会主義社会が素晴らしいものとして宣伝されていた時期。 しかし実際の…

理想社会は面白い  カンパネッラ「太陽の都」

ユートピア文学を読むのが好きだ。書かれた場所も時代も違う筈なのに、どれも似た香りがある。 例えば、本筋とは恐らく関係ないであろう部分(男女がどこで寝るとか、食事のルールとか)が共通して詳しく書かれているところとか。旅行人の見聞録という体裁で…

僕、大きくなったら社会人になりたい  「コロンブス航海誌」

コロンブスの航海誌。 表向きは未知の土地を教化するため、実際にはエルサレム遠征の資金(黄金)を探すためスペイン王家が計画した遠洋探検の航海譜/提督の口述録。 船隊の提督はコロンブスだけれど、航海誌を記録しているのがラス・カサスなのが面白い。 …

平均律の謎 サリヴァン「ピアノと平均律の謎」

完璧な音律が不可能であることって、 たとえば円周率が無理数だったり 位置と運動量が同時に求められなかったりっていうのに似てると思った。 ヒトが識別できる最低の周波数差ってたぶん大したことないと思うんだけど、 聴覚生理に基づいた音律ってのはない…

「豊富な経験と高度の学識」について  津田敏秀「医学的根拠とは何か」

「医師としての長年の経験から、物質Aはガンを治すと断言する。」 「実験により、物質Bにガンを治療する成分が含まれていると判明した。」 「某町8000人を対象とした調査により、物質Cはガンを治療すると分かった。」 A,B,Cのどれが世間で最も信用を得るだろ…

BWVがいつまでもBMWに見えて困る             渡辺和彦「ラテン・クラシックの情熱」

Cuarteto Latinoamericano plays Heitor Villa-Lobos “わかりやすいメロディー、熱帯のセレナードを思わせる緩徐楽章、 陽気な歌とサンバのリズムのフィナーレ楽章。これは本当に楽しい。 カルテットがこんなにハッピーでいいんですか? ハイ、いいんです!”…

文系は陰影でも礼賛してろよ  芥川也寸志「音楽の基礎」

The Art of Fugue, BWV 1080 中学生くらいまで、楽譜というものに何か強い違和感があった。その違和感の中身をはっきりさせる言葉とやる気がなくてきっと自分には音楽が向いてないんだろう、と判断していた。 高校生になり、テンポというものは演奏者が自由…

いい話をシェアしたがる大人  モーパッサン「脂肪の塊」

田舎町ルーアンはドイツ軍の支配下に置かれた。 街から抜け出す為の馬車に7人が乗り合わせた。 上等の席には、裕福な商人夫妻、県会議員夫妻とノルマンディの伯爵夫妻。 端の席に、美しく肥満した娼婦。 雪のせいで馬車は予定から大幅に遅れ、一向に進まな…

ゆとりがない人間は何をやってもダメ            青山南 「ネットと戦争」

Amiri Baraka: Somebody Blew Up America 元は『すばる』の連載で、 アメリカ文芸の界隈で何が起きているかをリアルタイムで報告する企画だったらしい。9.11に関連する文章を中心に、補遺を加えて出版された。 2000年代前半、つまりGoogleが登場した頃、ウェ…

ストラヴィンスキーの死床

バッハ、ベートーベン、ブラームス、ワーグナー、ヒンデミットの順に各作曲家が歴史に何を打ち建てたのか、あるいは現代の音楽家に何を示すのかをフルトヴェングラー(1886-1954)が指揮者として論じる。 総じて「現代音楽」と呼ばれる一群には否定的な眼差…

発作と宗教体験/オルガスム

神経内科医が研修医に送る小噺22選 ニュートンはなぜ人間嫌いになったのか―神経内科医が語る病と「生」のドラマ 1 脳梗塞/失認 脳のある部分が機能を失うと、「失認」が生じる。例えば、そこにあるのが「これは手である」ことは理解するが、「これは自分…

最高裁は美魔女である -藤田宙靖 「最高裁回想録」  

“実際、最高裁判事になることによって、大学からの円満退職を始めとし、他の仕事からは一切手を引いて最高裁での仕事に没頭することができたのであるが、実はこの「裁判だけやって居れば良い」というのが曲者であって、それは結局、いわば懲役囚に対して「お…