社会

ごく個人的な体験   大江健三郎 「個人的な体験」

これから一ヶ月で100回は好きな食べ物を聞かれると思うが、 好きと言っても、 一人で食べるのかみんなで食べるのか、自分で作るのか外食するのか、たまに食べるのか毎日食べるのか、 色々な観点がある訳で、一言じゃ言えないよね。 「好きな食べ物は苺で…

ファンク・ミュージックについて オルテガ「大衆の反逆」

オルテガは「大衆」をこう定義する。 強くなりたいと日々思いつつも、なれない人たち。 The Jimi Hendrix Experience - Foxey Lady だから、彼/彼女らは自分の願望を投影して、「ぼくはマッチョだ、ぼくは媚びない、ぼくは闘う!」みたいな一緒にいて疲れる…

性交時頭痛について 岩田健太郎訳「ナラティブとエビデンスの間」

性交時頭痛という病名があるが、この命名は愚の骨頂だと思う。 患者の生活をより良くするために医療はあるべきであって、分類学的な位置を表すだけの病名に臨床上の価値はない。 理解できないものに対して人間が示す本能的な拒否感を考慮すれば、むしろ医療…

Silence like a cancer grows                  スーザン・ソンタグ 「隠喩としての病」

風邪、ペスト、痛風といった病気の名前には、それぞれが引き起こす特定のイメージがある。 つまり、病気とはメタファーでありうる。 Paul Simon - The Sound of Silence スーザン・ソンタグは、結核と癌が持つイメージについてこの論文で述べている。 19…

脳死と、一部の用語法について 柳田邦夫「犠牲」

20年前、移植医療の推進に向けて、 「脳死」の定義や、それの医療における位置づけが盛んに議論されていた時期があった。 作家の柳田邦夫は、それまで医療に関するノンフィクション作品が多く、 当時、「臨時脳死及び臓器移植調査会」のメンバーでもあっ…

理想と現実 - カー「危機の二十年」

国際政治学における理想主義(進歩的思想、モラルの重視)と現実主義(保守的思想、権力の重視)の役割について述べている。 「左派が知的に優れていることは、ほとんど疑う余地がない。 左派だけが政治行動の原理を考え出し、政治家が目指すべき理想を導き…

厚い本  王丹「中華人民共和国史15講」

天安門事件の学生リーダーだった王丹 Wang Dan は、動乱罪で起訴され、6年間を獄中で過ごした。 釈放後、彼はアメリカへ亡命しハーバード大学で歴史学を修め、現在は台湾で教鞭をとっている。 その王丹が、学生(大陸からの留学生も含む)を相手に行った「…

大江健三郎の書くもの                   岩波書店編 沖縄「集団自決」裁判

自分の好きな人が巻き込まれた争い、 特にその人が最後には勝つと分かっている場合、 それを外から眺めているのは非常に面白い。蜜の味である。 1960年代、沖縄復帰の以前に、 沖縄を下敷きにした戦後体制の告発と、 「このような日本人でないところの日…

special pleading な議論 ― 加藤陽子 それでも日本人は「戦争」を選んだ

「進化しすぎた脳」という本が、10年ほど前に流行した。 高校生を相手に、大学教授が最新の研究成果を授業するというスタイル。 この本もそういう作りだった。 ただ脳科学風釈迦説法が相対主義にしばしば陥るのに対して、 この本は極めてリアリスティック…

犬派の暗躍(その2)  - NATROM著 「ニセ医学」に騙されないために

医科学が高度に発達した結果、高齢を迎える方が増え、 医療倫理が発展した結果、医療の言葉は「正直」になり、 その結果、医者もどきが跋扈する状況を生まれたというのは、 ほとんど寓話的な皮肉だ。 ある病院で根拠に基づいた医療を徹底することが、 その地…

猫派の暗躍  アルベール・メンミ「人種差別」

自己紹介もしないうちに、「ベッド派?布団派?」と聞いてくる人たちになぜかよく遭遇する。 「いやぁ、どっちもですかね…」などと僕が答えると「どっち?どっちで寝ることが多いの?週に何回くらいベッド?あと寝るときはどっち向く?仰向け?いつから?ね…

驚異の100日

iPS細胞で作ったコンドームは拒絶反応が少ないらしい という事を思いついた人が仮にいたとしても、 それを言わないで心に秘めておけるうちが華だと思う。 谷崎は、この作品で夫婦のセックスレスを扱ったけれど、 非常に美しい華を咲かせている(と思う)。 …

赤信号人間について アーレント「イェルサレムのアイヒマン」

ナチス下ドイツでユダヤ人の“収容所への移送”を担当していたアードルフ・アイヒマンの裁判の記録。文中で特に興味を惹くのは裁かれたその人間本人であって、 彼の人格について、(それがこの著作の主題ではないにせよ)多くの行が割かれている。 アイヒマン…

太るためには逆に2食が良い、みたいな           徐京植「ディアスポラ紀行」

近代以前は宗教が人の死生観を形成していた。 しかし宗教的認識が崩れた後に登場した科学や自由主義といった近代思想は 人が持つ 死への恐怖/不死への憧憬 に対処することができず、その変わりにナショナリズム、「国民」という個人の生死を超えて続くもの…

怒鳴るタイプの指導者は、神が創った訳じゃない 「種の起源」

生物学の端っこに立つ身として、一度は読まないといけないだろうとある種の義務感を感じていたが、上下巻の由緒正しい岩波訳にこれまで尻込みしていた。そしてこの前、光文社の新訳シリーズで見つけたのでジャケ買いした。(パウル・クレー風の鳩の絵) 遺伝…

誰も猪瀬さんを超えてない  ラッセル「ロシア共産主義」

旧ソ連の楽園描写を読むのは楽しい。ドラえもん映画の最初の30分のようだ。 多くの(親露的な)西側知識人と同様、ラッセルも1920年にソ連を訪問した。革命から3年後、人類史上初めての社会主義社会が素晴らしいものとして宣伝されていた時期。 しかし実際の…

理想社会は面白い  カンパネッラ「太陽の都」

ユートピア文学を読むのが好きだ。書かれた場所も時代も違う筈なのに、どれも似た香りがある。 例えば、本筋とは恐らく関係ないであろう部分(男女がどこで寝るとか、食事のルールとか)が共通して詳しく書かれているところとか。旅行人の見聞録という体裁で…

「豊富な経験と高度の学識」について  津田敏秀「医学的根拠とは何か」

「医師としての長年の経験から、物質Aはガンを治すと断言する。」 「実験により、物質Bにガンを治療する成分が含まれていると判明した。」 「某町8000人を対象とした調査により、物質Cはガンを治療すると分かった。」 A,B,Cのどれが世間で最も信用を得るだろ…

ゆとりがない人間は何をやってもダメ            青山南 「ネットと戦争」

Amiri Baraka: Somebody Blew Up America 元は『すばる』の連載で、 アメリカ文芸の界隈で何が起きているかをリアルタイムで報告する企画だったらしい。9.11に関連する文章を中心に、補遺を加えて出版された。 2000年代前半、つまりGoogleが登場した頃、ウェ…

最高裁は美魔女である -藤田宙靖 「最高裁回想録」  

“実際、最高裁判事になることによって、大学からの円満退職を始めとし、他の仕事からは一切手を引いて最高裁での仕事に没頭することができたのであるが、実はこの「裁判だけやって居れば良い」というのが曲者であって、それは結局、いわば懲役囚に対して「お…

科学と個人の隙間で  笠原嘉「精神病」

精神病、特に統合失調症について、 心理社会的な側面から生物学的なことまで 配慮が行き届いた文章だった。 神経症 neurosis と精神病 psychosis の境界についての考察も詳しい。 柔らかい、非常に読みやすい文章で、 きっと著者は実際に素晴らしい臨床医な…

反射定数の航海に楔を寄せて  ガタリ「闘争機械」

たとえば歴史学や政治学上の現象を、 「素粒子」だとか「ニューロン」といった他領域の言葉を 用いて語る(「脱領土化」とガタリ・ドルゥーズが呼ぶ行為)という行為の効用、その意味の説明などがあった。 (そしてこのインタビューの数年後にソーカル事件を…

こんな風に分かったように書けばいいんだ多分  中村桂子「科学者が人間であること」

「ガリレイは世界はすべて数学で書かれていると言い、 それを受け継いだ近代の科学者はいつか科学が世界を語りきれると考え、 現代においてもそれを目指しています。」 この一文に代表されるように、著者がずいぶん偏った環境で科学哲学を取り込んでいるよう…

歴史の人種性 レヴィ=ストロース「人種と歴史」

ペルー先住民族に魂はあるかを調査するために宣教師団は三人の青年住民をスペインに連れ帰った。青年たちはその後スペイン語を覚えなかったために魂は無いと結論された。一方で先住民たちは白人が神であるかを調べるために白人の死体を池に沈めた。その死体…

獲得形質and 「今日のソ連」

以前読んだ「ソヴェートの市民生活」と同じ形式と内容。 ソビエト生物学についてやや詳しい記述があった。 以下引用 ... 遺伝子説の拒否 ソ連の生物学者が、遺伝説では説明できないとし、私の注意を喚起したデータは次の四つである。 (一)栄養雑種の子孫に…

ところで食事は美味しかったのだろうか 丸山政夫「ソヴェートの市民生活」

1947年頃のソビエト連邦の記録。 市民の生活がユートピアのように書かれているが、 この時期には実際そうであったのか、或いはこの本がそういう意図をもって出版されたのか、 浅学のため不明。 「仕事の量と質の差、能力の差に拘らず、同一賃金を受けるとい…

騙されたいッ  D・トンプソン「すすんでダマされる人たち」

患者を薬漬けにしたほうが医者は儲かる なんて主張を聞くと、一瞬あぁそうかもなって思う。 タバコを吸っても肺がんリスクは変わらない、とか。 タバコ吸ってて健康な人たくさん知ってるしね? ワクチンは外来物だからホントは身体に悪い、とかとか。 一瞬そ…

非積極的な平等とは  辻村みよ子「ポジティブ・アクション」

「数学科の募集人員9人のうち、4人を女性枠、5人を一般枠とします。」 っていうのを九州大学の理学部が発表して話題になったことがあった。 実際上の格差を是正するために行われるこういう行動をPA;ポジティブ・アクション(とか、アファーマティブ・アク…

イデオロギーと科学の間に                    S・グールド「人間の測り間違い 差別の科学史」

この本の主張は、狭義には 「知能が一つの数値として計測されうるもので、かつそれは生得的に決定されて、且つ強い遺伝性がある。」... という迷信を反証することだけど、 ―こう書くと、イマドキそんなこと言うやついるのかよって感じだけど、 人種論を「科…

その先は  エンゲルス「空想より科学へ」

「ヘーゲルの思想はついに巨大な流産であった。」っていう言い回しは気に入ったので 機会があればぜひ使ってみたいです。 (いいタイミングがあったら教えてください。) おわり

大西洋を越えて  レヴィ=ストロース「悲しき熱帯」

「私は旅や探検が嫌いだ。」 この本の有名な書き出しだけれど、改めてフランス人の偏屈さを、そして偉大さを、 ドンと目の前に突き出すような第一文。 もっと言うと第一部タイトルが“旅の終わり”で、その中で第一章が“出発”。 全く性格がねじくれている。 (…

麦の若穂     フランクル「夜と霧」

高校生の時、倫理の教科書で“麦の若穂”のエピソードを知った。 タイトルも記憶しないままずっと頭の片隅に残っていたけれど、ホンのふとしたことで二度目の出会いがあるわけで、そういうときに幸せだなと感じる。 (あぁそれにしても授業科目に倫理と名付け…

Ashleyの思い出   児玉真実:「アシュリー事件」

書店でタイトルが気になって購入した。 差別とか優生思想関係の本は興味があってよく読むけれど、その度に人間の排他性には生物学的な機序でもあるのかと思ってしまう。 時代も文化も違うはずの場所で、出来事があまりに似てるので。 おわり