もっとヘッドシェイクしてくださいという感じ 中井久夫「こんなときわたしはどうしてきたか」


・面接のたびに薬の飲み心地を聞いています。
 飲み心地を問うのが精神科であり、飲んでいるかどうかをチェックするのは内科でしょう。

 

・カタレプシーの解けた患者さんが、
「自分が指一本動かしたとしたら、ひょっとしたら世界が壊れるかもしれない。
私は世界に責任を持たされてしまった。なぜか知らんけど。」
と言っていました。
私が、「指一本動かしてみたらどうなるかって思わなかった?」と聞いたら、
「そんなことして世界が壊れたらどうするんですか!」と言われたことがあります。


神田橋條治先生は「ほぉ」を500種類出せたようです。
テレビを見ながら相槌の練習をしていたと聞きました。


・「喜んで家族を入院させる人なんていませんよ。それを引き受けて、罪悪感を軽くするのがプロの仕事です。給料のうちです。」

 

・8歳で発病した方は、小学校の高学年でこんな経験をしています。担任の先生が『教科書をよく見ろ』と言った。
彼はあらん限りの力で見つめて、顔を上げた。そしたら世界が全部変わっていた、と。

 

・いい幻聴だってあります。私が東大分院にいたころ、幻聴の言うとおりに生きていって損しなかったという人がいました。
彼女は病気になってからずっと家の前を掃いていたのです。
あるとき牛乳配達のお兄ちゃんが通りかかったときに『あの人と結婚しなさい。』という声が聞こえたのだそうです。
で、結婚した。彼はダンプの運転手になりました。
気のいい人で、病院の窓から見ていると外からドーッとダンプが入ってくる。彼が彼女を連れてきているのです。
…いい夫婦だったですね。幻聴は医者も選んだそうです。光栄にも私を。

 

 

 


著者(81歳)が男性医師の腕を捻りあげる様子が連続写真で見れる。
そして巻末に精神保健いろは歌留多と中井先生のありがたい解説が付属している。

「る るるんるんの後ろにクルマ(あまり調子に乗っていると、危ない)」
「ぬ 濡れてもやがて乾く(まぁそういうことです)」
「そ そればかりはかわってやれない(この「それ」っていくつもありますよね)」
「ゑ 絵で表せば手っ取り早いこともある (ことばではわかりにくいこともあるよね)」

 

 

今を生きてる感じがあった。

 

 

こんなとき私はどうしてきたか (シリーズ ケアをひらく)

 

 

 

 

 

湿布

 

「なるほど…一人で生きていく自信がないと…そういうわけなんですね…

貴方の苦しみは…よく分かりました…


人間はとても弱い存在です…

そう、ちょうどこの一枚の湿布のようにね…


触ってみてください…どうですか、ヌルヌルしているでしょう…フフフ…


でもね…こうして湿布を三枚重ねるとどうですか…

そう…結構しっかりするでしょう…

分かりますか…

湿布も三枚重ねると…結構しっかりする…


私たち人間も…支え合うことで…強くなれると…思いませんか?

 

……思わないですか…、分かりました…フフフ…」

 

 

 

創造する無意識―ユングの文芸論

 

 

 

 

 

ファンク・ミュージックについて オルテガ「大衆の反逆」

  


オルテガは「大衆」をこう定義する。

強くなりたいと日々思いつつも、なれない人たち。

 

 


The Jimi Hendrix Experience - Foxey Lady

 

 

だから、彼/彼女らは自分の願望を投影して、
「ぼくはマッチョだ、ぼくは媚びない、ぼくは闘う!」みたいな一緒にいて疲れるタイプの人間に投票するようになる。

 


読んでいて斬新だったのは、

「そういう暑苦しい奴を指導者にしないためには、
そもそも大衆に参政権を与えなければいいのだ。」

という結論。

 

 

新しいなと思った。

多様性は大事だ。

 

 

 

大衆の反逆

 

 

 

 

 

 

君ならできる   ワトソン 「二重らせん(中村桂子訳)」

 

 

DNA分子が2重螺旋を描くことは、
いまや地動説くらいに当たり前のことだけれど、
これが発見される前までは、
DNA結晶のX線写真とその構成分子が知られていただけだった。


例えるなら、
シルエットと建材の、たった2つヒントから
大聖堂の設計図を再現するような課題だった。

 


La Cathédrale

 


この本を書いたワトソンは、
もらったノーベル賞をオークションにかけたり結構エキセントリックである。
天皇から貰ったメダルも今度どっかでオークションにかけるらしい。

 

訳者もまた大変エキセントリックであり、

タバコ会社の資金で科学倫理を研究するような非常に立派なお方である。

 

ノーベル賞モノということで、
式の合間に大麻を吸っていたと噂の
マリス博士でも題材に是非ありがたいお話を伺いたいものだ。

 

 

二重らせん (講談社文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽と言葉とうつ病分類  木村敏訳「音楽と言葉」

 

 

西洋音楽の中心が、
長短のアクセント構造を持つギリシア語文化(西暦1000年頃から)から
強弱のアクセント構造を持つドイツ語文化(バッハの登場前後から先)に移ったことで起きた変化についての論説。

 


著者が、ドイツの大学で研究しているギリシア人教授だというところに深みがあった。

訳者が精神科医の木村敏先生(うつ病の笠原-木村分類を提唱した)である理由が
訳者あとがきを読むまで謎だった。

(60年代に訳者がドイツ留学した際、ゲオルギアーデスの講義を聞いたのが発端らしい。ロ短調ミサを励みに戦中の山村で勉学に励んだ話があり、斬新な二宮エピソードだった。)

 


バッハ ロ短調ミサ BWV 232

 

 


本論からやや離れるが、一点で特に興味をひかれた。

つい300年くらい前までは
音楽というのは(聴衆にとって)今その時代に書かれて演奏されるものでしかなかったが、メンデルスゾーンシューマンらの登場以後は、
「過去の音楽」にも積極的な価値が置かれるようになり、
音楽に対して積極的に振る舞う構造ができたという指摘。

 

「偶然その時そこにある音楽」から
「過去の歴史そのもの、或いはそれを受けて新たに作られた音楽」への転換。


そう考えるとバッハの音楽は終わりの始まりであったのかもしれない。

 

 

付録。

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 長方形の中に文学があってとても良い。

 

 

 

 

音楽と言語 (講談社学術文庫)

 

 

 

 

 

 

性交時頭痛について 岩田健太郎訳「ナラティブとエビデンスの間」

 

性交時頭痛という病名があるが、この命名は愚の骨頂だと思う。

患者の生活をより良くするために医療はあるべきであって、
分類学的な位置を表すだけの病名に臨床上の価値はない。

理解できないものに対して人間が示す本能的な拒否感を考慮すれば、
むしろ医療の妨げではないか。

 

「セックスすると頭が痛くなるんです」と訴える患者に、
「あぁ、それは“セックスすると頭痛くなる病”ですね。」と医者がもし答えた時の患者の気持ちを考えれば問題の所在は明確になるだろう。

 

抗精神病薬が登場する以前の、
古典時代の精神医学者であったら「性交時頭痛」などと言わず、
「野生の目覚め」とか「屹立するパトス」などと名付けたに違いないが、

この病名の方が患者たちは、
自分たちの割れるような頭の痛みに、ライフ・ストーリィ上の意味付けを与えやすいのではないだろうか。

 

熟考すべき事柄である。

 

 

 

ナラティブとエビデンスの間 -括弧付きの、立ち現れる、条件次第の、文脈依存的な医療

 

 

 

 

 

Silence like a cancer grows                  スーザン・ソンタグ 「隠喩としての病」

 

風邪、ペスト、痛風といった病気の名前には、
それぞれが引き起こす特定のイメージがある。

つまり、病気とはメタファーでありうる。

 


Paul Simon - The Sound of Silence


スーザン・ソンタグは、
結核と癌が持つイメージについてこの論文で述べている。

19世紀的な世界観のなかで結核という病気は何を表したか。
結核は当時、欲求不満ゆえの惨事とされていた。
病気の治療として、医師が患者に恋愛を勧める描写は多い。
また同時に、結核は都会的なものへのアンチテーゼとしても機能していた。
空気の澄んだ山の中で療養すればよくなるはずだ、と。

「俗物紳士や成金連中にとっては、結核こそ上品で、繊細で、感受性の細やかなことの指標となったのである。」

 

結核に罹患すると、一般に人は痩せていき、青白くなる。
都会暮らし、飽食と肥満、それらが当たり前になりつつある時代において、
それと真逆の外見を生じさせるこの病気が、ある種のファッションとなった。

ソンタグはこんな風に書いている。

「20世紀の女性ファッションとは(スマートさの崇拝もその一つ)、
18世紀から19世紀初頭にかけての結核のロマン化と縁の深いメタファーの最後の砦にほかならない。」


さらに強烈だったのは、当時の上流階級の女性の日記にあった一文。

「小止みなく咳が出ます!
― でも不思議なことに、おかげで醜くなるどころか、私にぴったりの物憂い雰囲気が生まれるのです。」

 


一方これに対して癌という言葉が持ったイメージはどうだろうか。
癌は恐ろしく、忌むべきもの、捉えがたく不吉なものという印象を持っていた。
心臓病を隠す患者はいないが、癌患者はしばしば自らの病気を周囲に告げない。
アメリカでも、最近まで癌で死んだ場合の死亡記事には「長い病気ののち死去」とぼかすのが通例であった。
さらに、
「連邦法のひとつ、1966年の情報の自由に関する法令は、“癌の取り扱い”にふれ、
“正当な理由なく個人プライバシーを侵害する”おそれがあるとして、それを公開する必要なしとしている。そこに挙げられているのは癌のみである。」
とまで記されている。


現代とは程度の違いはあるが、それでも変わっていない部分もまだ大きいように思う。

しかしこの本は飛び抜けて異色だ。
息子の前で「結核」という言葉を避ける母親や、「癌」の告知が患者の気力を削ぐと危惧する医者を、

「今日の医学や精神医学で幅を利かせている反知性的な敬虔論やそこの浅い思いやり」と切って捨てる。

おぉ、そう来たか、という感じがある。

 

 

隠喩としての病い